“ビッグママ”の合格体験記

①貧乏子だくさんへの道

鹿児島県で生まれ育った私は、高校を卒業後、東京へ上京し、保険会社に
就職しました。配属先は営業。いわゆる「保険外交員」ってやつです。
当時の保険外交員は、私のような新人からキャリア20年以上の
おばちゃんまで、ほぼ8割が女性で占める「女の城」(!?)。
この仕事は、契約を取ってなんぼの世界であって、「契約が取れないならまず身内から」が鉄則です。入社して3ヶ月、契約が一件も取れなかった私は、恥ずかしい思いをしながら親に頼み込み、初めて契約を取りました。

そして同期だけには、負けたくなかった私は、学生時代の同級生に片っ端から電話をかけ、誘いましたが、全く相手にされませんでした。
さらに周囲の人には「保険屋」ということで警戒され、これがものすごいストレスとなり、私を苦しめていきました。

そんなときに会社の同僚に誘われたコンパで知り合ったのが今の主人。
同じ年の通称(ニックネーム)“もやし”でした。“もやし”は、同じ鹿児島県出身、ということもあってか、すぐに意気投合。落ち込んでいた私を
救い、そして癒してくれました。コンパで知り合ってから1週間後には
交際を始め、その1年半後、私たちは20歳で“できちゃった婚”。
そして私は結婚と同時に保険会社を退職。
「これで保険外交員の仕事を辞められる!」という安堵と、
「中途半端に仕事をしたまま退職してしまった」という後悔が入り混じり、
それはそれは複雑な心境でした。

でもそんな思いがあったのは、出産するまで。子供が産まれてからは、
想像を絶するほどの忙しい毎日で、仕事のことなんてすっかり忘れて
いました。そして、気づいたときには(というのは言い過ぎだけど)、
3人連続で女の子が産まれ、その後、どうしても男の子が欲しかった主人に「もう1人!」と頼まれ、「3人でも4人でも一緒か」なんて楽観的に考えた私は、4人目を出産。しかし、またしても女の子でした。
そのとき私たちは27歳。まだまだいけるぞ。次こそは男の子を!と、
今度は産み分けにチャレンジ。そして念願の男の子が産まれました。
双子が・・・・・・。なぜに双子?ということで、私は結婚してからの9年間で、女4人男2人の計6人を出産したのです。